不意に見せた君の笑顔に、僕は

＊『ラベンダーの恋』の続きです。先にそちらをお読み下さい＊

「なぁ、その『枢木』ってのそろそろやめねぇ？」
「は？」


俺の言葉に見ていた書類からランペルージは顔をあげる。
いつ見ても不思議な色をしているその紫電が心底不思議そうな色に染まっていた。
訝しげに俺を見ると彼女は口を開く。


「なんで？」
「や、だって生徒会のメンバー他は皆名前で呼ぶけどさ。俺らだけ苗字呼びってなんか仲悪く感じねぇ？」
「別に、私達が別段仲が良いってわけでもないがな」
「おまえなぁ！」


この女っ！
ああ言えばこういうってこいつのことをいうんだな！
慣れてしまえば彼女の天邪鬼な態度もどうって事でもないけれど。
全く興味なさそうにランペルージは書類に視線を戻す。
本当に可愛い気がねぇ！


「いいから。ほら、呼んでみろよ。下の名前で」
「な、何で私が！」
「お前、まさか俺の名前知らないとか…」
「いや、知ってるけどっ！」
「なんだ？ランペルージ照れてるのか」
「ちがっ…！」


悔しそうに見上げるランペルージに密かに優越感を覚える。
頭が良いこいつに口で勝てた例がなくて。
正直ちょっと、いや、かなり嬉しいかもしれない。


「枢木だって、私のことランペルージって呼ぶじゃないか！」
「まぁ、そうだけど…」
「だったら、まずお前が呼んでみろ」


お前が言い出したことだとでも言わんばかりに意地悪く笑うこの女は本当に腹が立つ。
さっきまでの余裕のなさそうなあの姿はどこへいった。
ホントかわいくないっ！


「どうした」
「うるせぇ。ちょっとだ、な」
「何がちょっとだ、何が。あぁ、まさかあれだけ人に強要しといて今更恥ずかしいとでも言うんじゃないよなぁ？枢木くん」
「ち、ちげぇよ！」


そのまさかだったりする。
なんだか今更名前で呼ぶのが無性に恥ずかしい気がしてきた。
というか、恥ずかしい。
なんでだ。
たかが名前だぞ、俺。
視線を落ち着きなく彷徨わせていると紫電の瞳がじっとこちらを見ているのに気づく。
ええい、もういい！男に二言はない！


「…ルルーシュ」


唐突に羞恥心がこみ上げる。
おかしい。
おかしいぞ、俺。
ただ名前を呼んだだけなのに。
なのに、何でこんなに恥ずかしいんだ！
訳のわからないそれに思わず机に伏せてしまう。


「お、おいっ、大丈夫か？」
「うるせぇ！」
「はぁ？」


半ば八つ当たり気味にそういえば少し怒りの含んだ声が返ってくる。
やばい、怒らせたか？
暫くそうしているとがたりと音がする。
ルルーシュが立ち上がった音だ。
…立ち上がる？


「って、おい！こら！俺は言ったぞっ！ルルーシュ！」


一度言ってしまえば後はそう気にならないわけで。
扉に向かうルルーシュの後姿に慌てて声をかければ、小さく吐かれた溜息の音が聞こえた後、癖一つない黒髪を靡かせ彼女は振り向いた。


「これ、職員室に届けに行くだけだ、…ばかスザク」


数枚の書類を持った手を掲げ、そう言って、小さく、本当に小さく笑った。


「…馬鹿は、余計だ」


閉まった扉に向かい、そう呟く。
熱を持つ己の頬がなんだか妙に腹立たしくて。
居た堪れなくて。
ルルーシュは本当に可愛げのない女だと、そう思うけれど。
だけど。


振り向いた時に見せた彼女の笑顔が暫く忘れられそうにない。