青空恋歌 ４

＊この話にはオリキャラが出ています。苦手な方はご遠慮ください＊








静まり返った漆黒の闇に大粒の雨音だけが鳴り響く。
もう何も聞きたくなくて、何も見たくなくて。
何も、考えたくなくて。
小さな娘を抱きしめたまま、眠りに落ちようとしたその時だった。
大きな扉をたたく音が部屋の中に鳴り響いた。
雨に掻き消されることもなく、耳に届いたその音に、訳もなくぼくは。

恐怖を覚えたんだ。

青空恋歌　４







クリスと別れてから有利はひたすら長い廊下を歩いていた。
怒りで火照るこの身体にはひんやりとした空気がとても心地よかった。
しかし、いくら考えても彼の行動は理解しがたいものだった。
彼の体調を気遣い、見舞いに来てくれたクリスにどうしてあんな態度をとったのか。
考えれば考えるほど彼の行動に疑問を抱き、苛立ちは募るばかりだった。


「ユーリッ！」
「…グレタ」


小さな足音とともにやってきた愛娘に有利は若干の冷静さを取り戻す。
けれども、やはり彼への疑問や苛立ちは完全には消えてくれなくて。


「どうしたんだ？廊下、走ったら危ないだろ？」
「ねぇ、ユーリ。…ヴォルフとケンカしたの？」
「…っ」


まだ幼い娘の前だ。
そんなことないよ、と直ぐに声を掛けてやるべきなのは分かっている。
それでもまだ、有利だって弱冠15歳だ。
自分の感情をうまく隠すことなんて出来なくて。
彼女の視線に言葉が詰まる。


「ヴォルフ、泣いてたよ」
「え…」
「泣いてたもん。グレタ、抱きしめられてて見えなかったけど。ヴォルフ泣いてたよ…！嫌われたかなって…っ」


褐色の肌に浮かぶクルリとした瞳に見る見るうちに膜が張っていく。
いつも勝気で涙なんてめったに見せることのないヴォルフラムが泣いていたという事実と彼女の涙に、どうしていいかわからないほど彼は動揺していた。
ただじっとグレタを見つめることしか出来なかったのだ。


「グレタ、嫌だよ。どうしてケンカしてるのかわからないけど、お父様達がケンカするのも口利かないのも嫌だ…！」
「グレタ…」
「だって、だって嫌いじゃないんでしょ？ユーリはヴォルフのこと大好きなんでしょ？だったらそう言ってあげて！グレタに言ってくれるみたいに大好きだよって！」
「…っ」
「好き同士なのに…ケンカしてるのグレタ哀しいもん…っ」


大きな瞳に溜まった涙はとうとう耐え切れなくなったのか褐色の頬を伝って次から次へと流れていく。
目を擦り、しゃくりあげながら泣く彼女の手をやんわり止めて、優しく、丁寧にそれをふき取っていく。


「そうだよな、ごめん、グレタ。ヴォルフは理由もなくいきなりあんなことする奴じゃないもんな」


小さく震えるその身体を抱きしめながら有利はあやすように優しく言葉を繋いでいく。


「グレタ。ヴォルフはまだ部屋に？」


腕の中で彼女が小さく首を横に振る。
顔を上げて発したその言葉に有利は驚きと疑問は隠すことが出来なかった。


「クリスに呼ばれて、出て行ったよ」





静まり返った長い廊下には雨音だけが虚しく響き渡っていた。